のしいか所長カスタマーハラスメント対策、方針の紙は作られましたか。



厚労省のひな型を写して張り出しました。これで義務は果たしたことになりますか?



張り出す上にもう一つ。法律は1本ですが、中身は分野でまるで変わります。介護とスーパーマーケットで、同じ手順書は動きません。国も、そのことを前提に業種別のマニュアルを分けて出しています。
令和8年10月1日、改正労働施策総合推進法にもとづくカスタマーハラスメント(以下、カスハラ)の措置義務が始まりました。全ての事業主が対象で、中小企業の猶予はありません。
義務の中身そのもの——3つの要素、「顧客等」の範囲、講ずべき措置10項目——は、10月1日の記事に一覧にしてあります。この記事はその先の話です。同じ義務を、介護・幼稚園・建設業それぞれの現場でどう形にするかを書き分けます。


法律は1本。マニュアルは、省庁ごとに分かれています
厚生労働省は「業種別カスタマーハラスメント対策マニュアルについて」というページを設け、関係省庁が作った業種別の手引きを一覧にしています。ページの言葉を借りれば「関係省庁が作成した業種別カスタマーハラスメントについて、一覧にまとめています」というものです。
| 分野 | 手引きの名称 | 作った省庁 |
|---|---|---|
| 宅配業 | 業種別カスタマーハラスメント対策企業マニュアル(宅配業編) | 厚生労働省 |
| スーパーマーケット | 同(スーパーマーケット編) | 厚生労働省 |
| 飲食 | ~飲食店のための~カスタマーハラスメント対策ガイドライン ほか | 農林水産省 |
| 教育(学校) | 学校と保護者・地域住民等とのより良い関係構築のためのガイドライン | 文部科学省 |
| 介護 | 介護現場におけるハラスメント対策マニュアル ほか3点 | 厚生労働省 |
| 障害福祉 | 障害福祉の現場におけるハラスメント対策マニュアル ほか4点 | 厚生労働省 |
| 地方公共団体 | 地方公共団体における各種ハラスメント対策に関する取組事例集 ほか | 総務省 |
この表を眺めて、気づかれたことがあると思います。建設業がありません。保育所・認定こども園もありません。当事務所が主にお手伝いしている分野のうち、手引きが用意されているのは介護だけ、という状態です。
手引きがないからといって、義務が軽くなるわけではありません。むしろ手引きのない分野こそ、自分の現場に合わせて中身を決めなければならない——それが今回の記事の芯です。
どの分野にも共通する、安心していい2つのこと
書き分けの話に入る前に、構えを下げておきます。厚生労働省が令和8年9月30日に改訂した「ハラスメント防止措置義務規定等における解釈事項について」(令和8年10月1日適用)には、小さな事業所にとって有り難い答えが2つ入っています。
相談窓口は、新しく作らなくてよい
カスハラの相談窓口は、パワハラ・セクハラの窓口と一体でかまいません。既にあるハラスメント相談窓口やヘルプラインに乗せられますし、上司が受けるという形でも足ります。
「カスハラ専用の窓口を、別に置かなければならない」と身構えておられた事業所は、ここで一息つけます。
就業規則も、必ずしも作り直さなくてよい
解釈事項の問18は、こう答えています。「信用失墜行為や服務規律違反に対する懲戒規定等の既存の規定に基づき、必要な措置を講ずることが可能である場合には、必ずしも就業規則等を改正し、カスタマーハラスメントに係る規定を新たに設ける必要はない」。
ただし、ここは読み違えやすいところです。就業規則の懲戒規定が働く相手は、自社の従業員です。お客様や利用者のご家族には届きません。就業規則でできるのは「カスハラを受けた従業員が、手順どおりに毅然と対応したことを理由に不利益を受けない」「対応を一人で抱え込まず報告する義務がある」といった、内側の線引きです。
外側に向けた線引きは、就業規則ではなく、方針の公表と対応手順で引きます。順番を間違えないでください。
介護——利用者とご家族。しかも「職場」はお宅の中です
「推奨」から「義務」に上がりました
介護の分野は、ほかより一歩先を歩いていました。令和3年度の介護報酬改定で、全ての介護サービス事業者に、ハラスメント対策として必要な措置を講ずることが運営基準上義務づけられています。ただしその中身は、パワハラとセクハラが義務、カスハラは「推奨」でした。
今回の法改正で、その推奨部分が法律上の義務に上がりました。運営基準の義務と、労働施策総合推進法の義務が、同じ事業所に二重に掛かる形です。
訪問系は、「職場」の意味が違います
解釈事項は、職場の範囲をこう説明しています。「労働者が通常就業している場所以外の場所であっても、取引先の事務所や顧客等の自宅など、業務を遂行する場所については『職場』に含まれる」。訪問看護・訪問介護のように、利用者のお宅へ上がる仕事は、そのお宅が職場だということです。
密室で、一人で、相手の家にいる。施設と同じ手順書では動きません。訪問系の事業所は、次の点を手順に落としてください。
- 訪問前のリスクの見立て(過去の言動、同居のご家族、動物、飲酒の有無など)を記録に残す
- 二人訪問に切り替える判断を、誰が、どの段階で出すかを決めておく
- 訪問中に連絡が取れる相手と、その時間帯をはっきりさせる
- サービス担当者会議やケアプランの場で、言動の情報をケアマネジャーと共有する
国が、一事業所で抱えるなと言っています
令和8年6月3日、厚生労働省老健局は介護保険最新情報Vol.1508を出しました。在宅介護従事者の安全確保を求める通知です。そこで示された考え方は、カスハラ対策の設計にそのまま使えます。
組織として必要な体制を構築し、あらかじめリスク要因の把握を行い、ハラスメントの予防や対策に向けた基本方針や具体的な対応について検討すること(介護保険最新情報Vol.1508)
さらに、地域ケア会議での共有、他職種・保険者・地域包括支援センター・保健所・事業者団体・法律の専門家・警察との相談や連携を挙げ、地域全体で対応できる体制を築いておくことを求めています。個人の踏ん張りでも、一事業所の気合いでもない、という国の立場です。


幼稚園・こども園・保育所——どの手引きを見ればよいか、宙ぶらりんです
この分野が、いま最も据わりの悪い位置にあります。手引きが2系統あって、そのどちらも、自分向けとは言い切れないからです。
文部科学省のガイドラインは「学校」向けです
令和8年8月、文部科学省が「学校と保護者・地域住民等とのより良い関係構築のためのガイドライン」を出しました。中身は充実しています。対象となる言動を9つの類型に分け、学校設置者が講ずべき措置を6項目に整理し、窓口の置き方を3つのモデルで示しています。
ただ、このガイドラインを通読しても、幼稚園・幼保連携型認定こども園・保育所への言及は見当たりません。「学校設置者」の説明には「私立学校の場合は学校法人」とあり、学校法人立の幼稚園が読み手として想定されている可能性はありますが、校種を限る記述も、幼稚園を名指しする記述もない、というのが本文の状態です。
こども家庭庁のガイドラインは、まだ出ていません
令和8年3月18日の子ども・子育て支援等分科会に、「保育現場におけるハラスメント防止対策の推進について」という資料が出ています。そこでは令和8年度中に、次の3点を作ると書かれています。
- 保育現場における労働者の就業環境保護に係るガイドライン
- 管理者・職員向けの研修資材
- 周知・啓発用配布資材
自治体と保育現場への実態調査を経て検討する、という段取りです。つまり義務の施行が10月1日で、手引きの完成がそのあとになります。
園で、とくに気をつけていただきたい3点
第一に、近隣住民の方も「顧客等」に入ります。指針が挙げる顧客等には、施設の利用者とそのご家族だけでなく、施設の近隣住民が含まれます。園庭の声、送迎の車、行事の音。これまで「ご近所づきあい」として園長先生が一人で受けてこられた電話が、いまは措置義務の対象です。
第二に、保護者対応には「応えるべき要望」が必ず混じっています。文科省のガイドラインも、意見や苦情の全てが対象になるわけではないこと、「学校設置者又は教職員の側の不適切な対応が当該言動の原因や背景となっている場合がある」ことに留意するよう書いています。線を引く作業は、保護者を敵に回す作業ではありません。
第三に、担任一人で抱えさせないことが、措置そのものです。「可能な限り労働者を一人で対応させないこと」は、指針が挙げる対処例に明記されています。文科省のガイドラインが紹介する東京都の例では、1〜2回目は2人以上の教職員で、3回目からは管理職が中心に、と段階が決めてあります。園の規模に合わせて、この段階を決めておいてください。


建設業——「顧客」は施主だけではありません
建設業には、所管省庁の業種別マニュアルが見当たりません。それでも義務は同じように掛かります。そして建設業の場合、誰が「顧客等」なのかという入口から考え直す必要があります。
元請の担当者も、発注者も、顧客等です
指針がいう「顧客等」には、取引先の担当者が入ります。商品の購入やサービスの利用の有無に関わらず、今後それらが想定される潜在的な顧客も入ります。
そして職場の範囲には「取引先の事務所や顧客等の自宅など、業務を遂行する場所」が含まれます。元請の現場事務所も、施主のお宅も、職場です。
下請の職長が、元請の担当者から現場で大声を浴びせられた。施主から、工期に関係のない私的な用事を繰り返し言いつけられた。近隣の方から、作業時間外に自宅へ電話が続いた。——いずれも、社長が「よくあること」で済ませてよい話ではなくなりました。
他社から協力を求められたら、応じる努力義務があります
指針5には、事業主が他の事業主から事実関係の確認等の雇用管理上の措置の実施に関し必要な協力を求められた場合には、これに応ずるように努めなければならない旨が定められています。
重層下請のある建設業では、これが現実の手続きになります。下請から「御社の職員の言動について確認させてほしい」と申し入れが来る。あるいは自社の職人が元請の担当者から受けた言動について、元請へ確認を申し入れる。どちらの側にも立ち得ます。
だからこそ、申し入れる側になったときの文面と、申し入れを受けたときの受け手を、先に決めておく値打ちがあります。現場任せにすると、職長同士の喧嘩になって終わります。


分野が違っても、手順の骨は同じです
書き分けるのは、誰が顧客等にあたるか、どこが職場か、どんな言動が起きるか——この3つです。起きたあとの動き方は、どの分野でも共通しています。
その場の3段階
- 事実・事象を明確かつ限定的に謝罪する(何に対する謝罪かを限る)
- 状況を正確に把握する
- 現場監督者または相談窓口担当者に情報共有する
厚生労働省「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル(令和8年度改訂版)」が示す初期対応です。一点めの「限定的に」が肝心です。全面的に謝ってしまうと、そのあとの線引きが立たなくなります。
記録は、第三者が見て分かる形で
同マニュアルは、録音・録画・対応記録・時間の計測など、第三者が検証可能な証拠を収集することを求めています。文科省のガイドラインも、相手に断りを入れたうえで録音することを挙げています。
「断りを入れたうえで」という一言を、手順書に必ず入れてください。断りを入れること自体が、相手の言動を落ち着かせる働きをします。
線を越えたときの段取り
措置義務には「特に悪質と考えられるカスハラへの対処の方針をあらかじめ定め、労働者に周知するとともに、当該方針において定めた対処を行うことができる体制を整備する」という項目があります。あらかじめ、です。起きてから考えるのでは遅い、という趣旨です。
- 十分な説明をしてもなお要求が続くときは、一定の時間の経過をもって退店を求める、電話を切る
- 暴行・傷害・脅迫など犯罪に該当し得る言動は、警察へ通報する
- 警告文の発出、出入りのお断り、弁護士による代理対応
- 対応する担当者の変更、配置転換、産業保健スタッフによる相談対応
「電話を切ってよい」と書いてあるだけで、現場は変わります。切ってよいかどうかを毎回迷う時間が、いちばん人を削るからです。
10月1日は過ぎています。何から手をつけるか
施行日は過ぎましたが、措置は「整えた日から」積み上がるものです。遅れているからといって、作らない理由にはなりません。順番だけ、お示しします。
- 誰が「顧客等」なのかを書き出す(介護なら利用者とご家族、園なら保護者と近隣の方、建設業なら元請・施主・近隣。ここが分野ごとの書き分けの正体です)
- 方針を1枚にして、全員に配る(毅然と対応すること、従業員を守ること、相談しても不利益がないこと)
- 窓口を決める(既存のハラスメント窓口に乗せてかまいません。誰が受けるか、不在のときは誰かまで書く)
- その場の3段階と、線を越えたときの段取りを決める
- 就業規則を点検する(既存の服務規律と懲戒規定で足りるか。足りるなら新設は不要です)
- 一度、全員で読み合わせる(周知・啓発は措置の一部です。配っただけでは足りません)
厚生労働省の企業マニュアルには、企業方針の例文、対応状況の確認事項、研修コンテンツの例、内部手続の流れ図が載っています。ひな型として使えます。ただしそのまま貼るのではなく、1項めで書き出した「自分の分野の顧客等」に置き換えてからお使いください。
当事務所にできること
紺野事務所は、社会保険労務士と行政書士の両方の看板を掲げています。カスハラ対策は、その両方が重なる仕事です。
- 方針・対応手順の作成(介護/幼稚園・こども園/建設業それぞれの現場の言葉で)
- 就業規則とハラスメント規程の点検と改定
- 相談窓口の設計と、受け手の方への手ほどき
- 職員向けの読み合わせ資料づくり
- 起きてしまった事案の、記録の取り方と次の一手のご相談
千葉県松戸市から、松戸・柏・流山・我孫子・鎌ケ谷を中心にうかがっています。「うちの分野だと、どこまでが顧客等になるのか」の一点だけでも、お気軽にお尋ねください。
参考にした資料
- 厚生労働省「ハラスメント防止措置義務規定等における解釈事項について」(令和8年4月24日、令和8年9月30日改訂・令和8年10月1日適用)
- 厚生労働省「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル(令和8年度改訂版)」(令和8年9月)
- 厚生労働省「業種別カスタマーハラスメント対策マニュアルについて」
- 厚生労働省「介護現場におけるハラスメント対策」
- 厚生労働省老健局「介護保険最新情報Vol.1508」(令和8年6月3日)
- 文部科学省「学校と保護者・地域住民等とのより良い関係構築のためのガイドライン」(令和8年8月)
- こども家庭庁「保育現場におけるハラスメント防止対策の推進について」(第14回子ども・子育て支援等分科会 資料4、令和8年3月18日)
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