のしいか所長10月1日から、カスタマーハラスメント対策が事業主の義務になりました。建設業界からのお問い合わせで、いちばん多いのがこれです。



元請の担当者に現場で怒鳴られるのも、原価を割る金額を押しつけられるのも、うちにとっては同じ「困りごと」なんですが……。



お気持ちは分かります。ただ、その二つは、行き先が違います。怒鳴られるほうは労働施策総合推進法、金額を押しつけられるほうは建設業法です。後者には、勧告と公表があります。順に整理します。
まず、この表をご覧ください
建設業で「カスハラ」と呼ばれているものを並べると、二つの法律に分かれます。左に行為、右に根拠となる法律です。
| 何をされたか | 誰から | どちらの法律の話か |
|---|---|---|
| 現場で大声で叱責される | 元請の担当者 | 労働施策総合推進法 |
| 工事と無関係な私的用事を繰り返し頼まれる | 施主 | 労働施策総合推進法 |
| 作業時間外に、自宅へ電話が続く | 近隣住民 | 労働施策総合推進法 |
| 原価を割る金額を押しつけられた | 施主・元請 | 建設業法 第19条の3 |
| 資材の購入先を指定され、買わされた | 施主・元請 | 建設業法 第19条の4 |
| 工期を一方的に切られた | 施主・元請 | 建設業法 第19条の5 |
| 見積の条件が示されない/考える時間をもらえない | 施主・元請 | 建設業法 第20条 |
| 追加工事を口頭で指示され、協議に応じてもらえない | 施主・元請 | 建設業法 第20条の2 |
上の3つは「人を守る」話、下の5つは「会社を守る」話です。同じ相手からの、同じ日の出来事でも、持っていく先が違います。この区別がつくと、打つ手が決まります。
どちらの役所も、「カスハラ」とは呼んでいません
先に、調べて見つからなかったことを2つ書いておきます。
- 厚生労働省の「業種別マニュアル」に、建設業はありません。宅配業、スーパーマーケット、飲食、学校、介護・障害福祉、地方公共団体——いまある業種別の手引は、この範囲です
- 国土交通省の「発注者・受注者間における建設業法令遵守ガイドライン」第8版に、ハラスメントという語が見当たりません。当方で読み取れた範囲には、1か所もありませんでした
つまり、「建設業 カスハラ」で手引を探しても、出てこないのが当たり前です。見つからないのは、探し方が悪いからではありません。
人を守る法——10月1日に義務になりました
改正労働施策総合推進法が、令和8年10月1日に施行されました。事業主に、雇用管理上の措置が義務づけられています。指針でいう「顧客等」には、建設業の場合、次の人たちが入ります。
- 元請の担当者——取引先の担当者も顧客等です
- 発注者(施主)
- 近隣住民
「職場」の範囲も広がります。元請の現場事務所も、施主のお宅も、業務を行う場所であれば職場です。この話は、別の記事に詳しく書きました。


身構えなくて大丈夫です。2つ、申し上げておきます
相談窓口は、新しく作らなくて構いません。すでにハラスメントの相談窓口があるなら、「顧客等からの言動も扱う」と一行足して、周知すれば足ります。
就業規則も、必ずしも作り直す必要はありません。方針を明確にして周知する——求められているのは、そこです。朝礼で伝え、掲示し、書面で配る。この記事の下に置いたポスターは、その「掲示」に使えます。
会社を守る法——建設業法の、5つの条文
ここからが、この記事の本題です。建設業法には、注文者がしてはいけないことが、名指しで書かれています。
第19条の3 不当に低い請負代金の禁止
注文者は、自己の取引上の地位を不当に利用して、その注文した建設工事を施工するために通常必要と認められる原価に満たない金額を請負代金の額とする請負契約を締結してはならない。
「通常必要と認められる原価」には、直接費・間接費・一般管理費が入ります。利益は入りません。つまり、利益ゼロでも足が出る金額が、この条文のラインです。
契約のときだけの話ではありません。ガイドライン第8版は、費用が上がったのに金額を上げない場合も含まれるとしています。必要な増額の協議に応じない発注者は、第19条の3第1項に違反するおそれがある——そう書かれています。変更契約にも適用されます。
第19条の4 不当な使用資材等の購入強制の禁止
注文者は、請負契約の締結後、自己の取引上の地位を不当に利用して、その注文した建設工事に使用する資材若しくは機械器具又はこれらの購入先を指定し、これらを請負人に購入させて、その利益を害してはならない。
「契約の締結後」というところが肝心です。見積の段階で資材が指定されているなら、その前提で金額を出せます。契約したあとで指定されると、差額は請負人がかぶることになります。
第19条の5 著しく短い工期の禁止
注文者は、その注文した建設工事を施工するために通常必要と認められる期間に比して著しく短い期間を工期とする請負契約を締結してはならない。
「短い」かどうかは、気分で決める話ではありません。中央建設業審議会の「工期に関する基準」に照らして、不当に短いかどうかで見ます。ガイドライン第8版は、資材の搬入が遅れたときなど、請負人の責任でない事情による場合も含まれるとしています。こちらも変更契約に適用されます。
第20条 見積条件の提示と、見積期間
注文者は、見積をするのに必要な事項を提示し、考えるための期間を置かなければなりません。「明日までに出して」は、ここに引っかかります。見積期間は、建設業法施行令第6条に定めがあります。
第20条の2 工期・代金に影響する事象の通知と協議
地中障害物、設計の変更、資材の高騰——工期や請負代金に影響する事象が起きたら、通知して協議することになっています。「口頭で指示したから、そのままやってくれ」は通りません。



5つとも、縛られるのは「注文者」です。下請契約では、元請負人が注文者になります。つまり、元請から下請への行為にも、そのまま当てはまります。「元請だから仕方がない」は、法律の上では成り立ちません。
よくある3つの場面——その場で、どうするか
条文を並べても、現場では使えません。実際に起きる3つの場面で、切り分けてみます。
場面1 元請の担当者が、朝礼で名指しで怒鳴る
| どちらの話か | 労働施策総合推進法。元請の担当者は「顧客等」で、現場は「職場」です |
|---|---|
| その場で | 割って入って場を分ける。言い返さない。その日のうちに、聞いた人が書く |
| 会社として | 元請の事業主に、雇用管理上の措置への協力を申し入れられます。指針で、応じる努力義務が置かれています |
| 記録に残すこと | 日時・場所・その場にいた人・言われた言葉。第三者が読んで分かる形で |
申し入れの文面は、起きてから考えないでください。重層下請では、申し入れる側にも受ける側にもなります。現場任せにすると、職長同士の対立になります。
場面2 「この金額でやってくれないと、次はないよ」
| どちらの話か | 建設業法 第19条の3。取引上の地位を不当に利用して、通常必要と認められる原価に満たない金額で契約することの禁止です |
|---|---|
| 見るところ | 原価を割っているか。直接費・間接費・一般管理費までが「原価」で、利益は入りません |
| その場で | 内訳を示した見積を、もう一度出す。言われた金額で出し直さない |
| 残すもの | 最初の見積、言われた金額、やり取りの日付。メールかSMSに1行でも残す |
「言われた金額で見積を出し直す」のが、いちばんまずい対応です。こちらが納得して出した見積、という形になります。内訳を変えずに、同じ金額で出し直してください。折り合わないなら、折り合わないまま記録に残します。
場面3 着工後に「やっぱり前倒しで」
| どちらの話か | 建設業法 第19条の5と第20条の2。著しく短い工期の禁止は、変更契約にも適用されます |
|---|---|
| 見るところ | 「工期に関する基準」(中央建設業審議会)に照らして、不当に短いかどうか |
| その場で | 工期に影響する事象は、通知して協議する。口頭の指示だけで進めない |
| 残すもの | 通知した日と内容、協議の求めとその返答 |
資材の搬入が遅れた場合も同じです。ガイドライン第8版は、請負人の責任でない事情で工期が食われた場合も、第19条の5の射程に入るとしています。「遅れた分は、うちが夜間でやります」と引き受ける前に、協議を求めてください。
勧告と、公表があります
ここが、カスハラとの決定的な違いです。建設業法には、行政が動く道が用意されています。
第19条の6。注文者が第19条の5(著しく短い工期)に違反している事実があり、特に必要があると認めるときは、国土交通大臣または都道府県知事が、その注文者に対して必要な勧告をすることができます。勧告に従わないときは、公表されることがあります。
どこへ持っていくか
| 窓口 | 何を | 連絡先・開いている時間 |
|---|---|---|
| 駆け込みホットライン (国土交通省) | 建設業法違反のおそれがある取引行為の通報 | 0570-018-240(ナビダイヤル・通話料は発信者負担) 10:00〜12:00/13:30〜17:00 土日・祝祭日・閉庁日を除く 情報収集フォームは24時間 |
| 建設工事紛争相談所 (千葉県) | 建設工事の請負契約に関する紛争の相談。発注者・請負業者・下請業者が使えます | 043-223-3108 県土整備部 建設・不動産業課 建設業班 火曜日 13:00〜16:30(祝日・祭日を除く) 事前予約が必要/千葉県庁中庁舎6階 |
駆け込みホットラインで受け付けている例として、案内にはこう挙がっています。60日を超える割引困難な手形での支払い、著しく短い工期や原価を下回る金額での契約、提出した見積から労務費を一方的に減額されること、金額や工期を協議なく一方的に決められること。
貼る紙を作りました(無料・ダウンロード)
厚生労働省の業種別マニュアルに建設業がない以上、現場に貼る紙も、探して見つかるものではありません。当事務所で作りました。
▼ ダウンロード(無料・会員登録不要)
カスタマーハラスメント対策の掲示(A4・PDF)
同(A3・PDF)
内容は「この現場では、次の行為をお断りします」という掲示文です。現場の詰所、現場事務所の入口、仮囲いの通用口——人が立ち止まるところに貼ってください。
掲示に並べたのは、次の行です。指針の例と、建設業の現場で実際に起きることから選びました。
- 大声での叱責、人格を否定する言葉、脅すような言動
- 長時間にわたる拘束、同じ内容の繰り返しの問い合わせ
- 作業時間外の、個人の携帯電話や自宅への連絡
- 工事と関係のない用事の依頼
- SNSやインターネット上への書き込みをほのめかすこと
- 土下座など、不相当な謝罪の要求
下に、「ご意見・お困りごとは、下記の窓口へお願いいたします」という欄を設けました。断るだけの紙にしないためです。連絡先を書き入れてお使いください。
貼ること自体に、意味があります。指針は、事業主に方針の明確化と周知・啓発を求めています。掲示は、その周知の一つの形です。加えて、線を越えたときに「掲示のとおりです」と言える——現場の人が、その一言で止められるようになります。
今日から着手したい、5つのこと
- 上の表を印刷して、現場の責任者に渡す——「これはどちらの話か」が分かれば、報告の仕方が変わります
- ポスターを貼る——詰所と現場事務所の入口に1枚ずつ
- 相談窓口を決めて、周知する——新しく作らなくて構いません。既存の相談窓口に「顧客等からの言動も扱う」と足せば足ります
- 記録の取り方を決める——いつ、どこで、誰が、何を言ったか。第三者が読んで分かる形で
- 直近の契約を1件、見直す——見積条件は示されたか、工期は基準に照らして足りているか、追加の協議に応じてもらえたか



最後にひとつ。「我慢するしかない」と思っておられる会社が、いちばん多いのです。ですが、建設業法は昭和24年の法律で、注文者がしてはいけないことを、ずっと前から書いています。呼び名が新しくなっただけで、守られるべきものは、前からそこにありました。
当事務所にできること
- いまの契約の点検——見積条件の提示、工期、変更協議の記録まで
- カスハラ対策の方針づくりと周知——就業規則・相談窓口・記録様式(社会保険労務士として)
- 現場で起きたことの整理——どちらの法律の話かを切り分けます
- 駆け込みホットラインへ出す前の整理——何を、どう書くか
- 千葉県の建設工事紛争相談所への同行・事前準備
- 掲示物・社内文書の作成
千葉県松戸市を中心に、東葛エリアの建設業の皆様のお手伝いをしております。行政書士と社会保険労務士を兼ねておりますので、「人の話」と「契約の話」を一度にご相談いただけます。ポスターは無料ですので、まずはお使いください。
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参考にした資料
- 国土交通省 不動産・建設経済局建設業課「発注者・受注者間における建設業法令遵守ガイドライン(第8版)」(令和8年1月)
- 国土交通省 土地・建設産業局建設業課「発注者・受注者間における建設業法令遵守ガイドライン」(平成23年8月)——第19条の3・第19条の4の条文
- 国土交通省「駆け込みホットライン」の案内
- 厚生労働省「令和8年10月1日からハラスメント対策が強化されます!——カスタマーハラスメント対策の義務化【改正労働施策総合推進法・指針の内容】」
- 厚生労働省「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル(令和8年度改訂版)」
- 千葉県 県土整備部建設・不動産業課「建設工事紛争相談所のご案内」
- 中央建設業審議会「工期に関する基準」(令和2年7月20日)
- 建設業法(昭和24年法律第100号)/建設業法施行令(昭和31年政令第273号)
最終更新日:2026年10月26日 / 本記事は令和8年10月26日時点で公表されている資料にもとづいています。第19条の3・第19条の4の条文は平成23年のガイドラインから、第19条の5・第19条の6の内容は第8版ガイドラインから引いています。現行の第19条の6が第19条の3・第19条の4の違反にも及ぶかどうか、勧告・公表の具体の要件、そして第8版ガイドラインの別添部分は、いずれも当方では未確認です。実際の対応は、駆け込みホットラインまたは千葉県県土整備部建設・不動産業課へご相談ください。掲示物は当事務所が作成したもので、公的機関が定めた様式ではありません。
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