
前回の記事で、誰に何を取らせるかは分かりました。取らせたあとは、どうすればいいんでしょうか。



数えてください。いま何人いて、3年後に何人要るのか。その差を、年に何人ずつ埋めるのか。——そしてここが建設業の強みなのですが、その物差しは、もうお手元にあります。経営事項審査です。
先日、建設業の資格を社内の段階で並べ直した記事を書きました。入ったばかりの方、人を使う立場になる方、現場を任される方、大きな現場を任される方——「誰に、何を取らせるか」の話です。
この記事は、その続きです。取らせたあとに何をするか。資格を、会社の数字にどう結びつけるか。


人を「資本」として見る、という考え方
近年、人的資本経営という言葉をお聞きになることが増えたと思います。人材を「使えば減るコスト」ではなく、投資すれば価値が伸びる資本として捉え直す——そういう考え方です。
令和8年3月23日、内閣官房・金融庁・経済産業省が「人的資本可視化指針(改訂版)」を公表しました。令和4年8月の初版から、約3年半ぶりの改訂です。
人的資本経営の考え方そのものは、別の記事にまとめてあります。この記事では「建設業で、どう数字にするか」だけを扱います。


建設業には、もう物差しがあります
可視化指針が求めていることを、ひとことで言うとこうなります。「あなたの経営戦略は、どんな人に依存していますか。その人を確保できないと、何が起きますか」——これを説明しなさい、ということです。
改訂版は、これを「人的資本への依存・影響」と「人的資本関連のリスク・機会」の2つのステップで説明するよう示しています。
建設業では、この問いの答えが、はじめから決まっています。現場には主任技術者または監理技術者を置かなければならず、一定規模以上の工事では専任です。つまり、配置できる技術者の数が、同時に施工できる工事の本数の上限を決めます。完成工事高の維持・拡大は、有資格者の確保と不可分です。
言い換えると、建設業における人材投資は、福利厚生でも一般管理費でもありません。完成工事高を維持するための、経営戦略上の投資です。
| 可視化指針の言葉 | 建設業の言葉に置き換えると |
|---|---|
| 経営戦略が人的資本に「依存」している | 完成工事高は、配置できる有資格技術者の数に依存している |
| 人的資本に「影響」を与える投資 | 資格取得の支援、若手の採用、ICT施工の教育 |
| 人的資本関連の「リスク」 | 技術者の高齢化・退職で、同時施工本数が落ちる |
| 人的資本関連の「機会」 | 有資格者が増えれば、受注できる工事の幅と本数が広がる |
| 指標及び目標の設定 | 経審の技術職員数、若年技術者数、CCUSの登録率 |
経審は、人材の指標の集まりです
総合評定値(P点)の算式は、こうなっています。
P = 0.25 × X1 + 0.15 × X2 + 0.20 × Y + 0.25 × Z + 0.15 × W
X1=完成工事高/X2=自己資本額・利払前税引前償却前利益/Y=経営状況/Z=技術力/W=その他の審査項目(社会性等)
Zのウエイトは0.25。5つの項目のなかで、完成工事高と並んでいちばん重い枠です。そしてZの中身は①技術職員数(業種別)と②元請完成工事高(業種別)——半分が、人の数です。
Wのほうにも、人に関する項目が並んでいます。
- 若年の技術者及び技能労働者の育成及び確保の状況
- 知識及び技術又は技能の向上に関する取組の状況——技術者のCPD取得単位数と、技能者の能力評価レベルが上がった割合
- ワーク・ライフ・バランスに関する取組の状況——女性活躍推進法・次世代法・若者雇用促進法の認定
- 建設工事に従事する者の就業履歴を蓄積するために必要な措置の実施状況——CCUSの登録と就業履歴の蓄積体制
- 建設業退職金共済・退職一時金/企業年金・法定外労災補償の加入状況
並べてみると、よく分かります。人を何人育てたか、何を学ばせたか、休みが取れているか、就業履歴を残しているか——これはそのまま、人的資本の指標です。上場企業が「どう測るか」で苦労しているものを、建設業は毎年、経審という形で測らされています。


4枚の表で、足ります
では、実際に何を作るのか。4枚です。いきなり全部を揃える必要はありません。①だけでも、会社の景色が変わります。
① As is–To be 表——いまと、3年後の差
いちばん大事な1枚です。役割・資格ごとに、現状(As is)と将来必要(To be)の人数を並べ、差を取ります。
| 役割・資格 | 現状 | 3年後 | 差分 | 年間目標 |
|---|---|---|---|---|
| 1級土木施工管理技士 | 6名 | 8名 | 2 | 0.7名/年 |
| 1級管工事施工管理技士 | 2名 | 3名 | 1 | 0.3名/年 |
| 監理技術者資格者証の保有者 | 4名 | 6名 | 2 | 0.7名/年 |
| 35歳未満の技術者 | 4名 | 6名 | 2 | 0.7名/年 |
| ICT施工に対応できる人 | 0名 | 2名 | 2 | 0.7名/年 |
| 現場代理人を任せられる若手 | 1名 | 3名 | 2 | 0.7名/年 |
年間目標は、差分を計画年数で割るだけです。「2名を3年で」なら、年0.7名。0.7名という数字に意味があります。——3年で2名ということは、2年続けて誰も受からなかったら、3年目に2人まとめて合格させなければ間に合わないということです。そこまで見えてはじめて、受験対策の講習をいつ入れるかが決まります。
② スキルマップ——5段階を、行動で書く
資格は持っているかいないかの0か1ですが、現場を任せられるかどうかは、段階です。そこを5段階に刻みます。
| レベル | 行動の基準(観察できる行動で書きます) |
|---|---|
| 1 | 指導を受けながら補助業務ができる |
| 2 | 定型的な業務は一人でできる |
| 3 | 小規模な現場を一人で任せられる(現場代理人級) |
| 4 | 例外やトラブルを含めて現場を統括できる(監理技術者級) |
| 5 | 若手を指導・育成できる/社内の標準を作れる |
ここが、いちばんつまずくところです。レベルの基準を「高い意欲がある」「責任感がある」と書いてしまうと、評価する人によって答えが変わり、翌年の数字と比べられません。「改善提案を年2件以上出す」のように、見て数えられる行動で書いてください。
使い方は簡単です。横に足せばその人の多能工度(レベル3以上をいくつ持っているか)、縦に足せばそのスキルを任せられる人数。この「レベル3以上の人数」が、そのままKPIになります。
③ 逆ツリー——お金の目標から、人の数へ降りる
①と②は現状の棚卸しです。③は、経営計画と人をつなぐ1枚です。左に財務の目標を置き、右へ枝を下ろします。
| 財務の目標 | 何が動けば達成するか | 人の何に投資するか | 測る指標 |
|---|---|---|---|
| 完成工事高の維持 | 同時施工本数の維持・拡大 | 1級施工管理技士の取得支援(受験費用・講習時間) | 1級土木施工管理技士の人数 |
| 経審の評点の向上 | 若年技術者の採用・育成/CCUSの活用 | 35歳未満の技術者数 | |
| 利益率の改善 | 残業削減・生産性の向上 | ICT施工の導入/多能工化 | ICT施工に対応できる人数 |
この1枚があると、「なぜその研修に金を出すのか」が1行で説明できます。完成工事高を維持したい → 同時施工本数を落とせない → 1級が要る → だから受験対策に費用を出す。社内の説明にも、金融機関への説明にも、同じ1枚が使えます。
④ KPI管理表——3つの層に分けて持つ
最後に、決めた指標を1枚で管理します。指標は、3つの層に分けると迷いません。
| 層 | 意味 | 建設業での例 |
|---|---|---|
| インプット | 投じた資源 | 資格取得支援の投資時間(受験対策講習・社内勉強会の年間延べ時間) |
| アウトプット | 直接の結果 | 1級土木施工管理技士の人数(年度末時点・経審の届出ベース) |
| アウトカム | 最終的な成果 | 技術者の月平均残業時間/同時施工本数/完成工事高 |
各指標には、定義・算定方法(分母・分子・時点)、測定の頻度、担当、ベースライン、目標値、期限、実績を持たせます。
もう1枚——余力があれば、簡易サーベイ
①から④は、外から見える数字です。資格の数、人数、時間。社員がどう感じているかは、ここには出てきません。
そこを見るなら、10問ほどの簡易サーベイで足ります。「自分の仕事にやりがいを感じている」「自分の意見や提案を言いやすい職場だ」「評価や処遇に納得感がある」「この会社で今後も働き続けたい」——5点尺度で聞いて、平均点と、4点以上の割合(肯定回答率)を出します。
離職率が動く前に、こちらの数字が先に動きます。辞めてから気づくより、半年早く分かります。
はじめの一歩は、技術者台帳です
4枚と申し上げましたが、その前に1枚あります。技術者台帳です。
- 氏名
- 年齢——10歳刻みで数えると、承継の山が見えます
- 保有資格——有効期限のあるものは期限も
- 配置できる工事の種別——どの業種の主任技術者になれるか
これは、ほとんど転記で作れます。経営事項審査の申請資料——とくに技術職員名簿に、必要なことの大半が書いてあります。毎年出しているものを、1枚に並べ替えるだけです。ここが建設業のいちばん楽なところだと思います。
見直しは、年2回で足ります。経審のサイクルに合わせてください。審査基準日の前と、結果通知が返ってきたあと。無理のない回数で回すほうが、結局は続きます。
つまずくのは、たいてい3つです
① 指標を増やしすぎる
網羅しようとすると、測定そのものが続きません。そして「数字を出しても何も変わらない」という空気が社内に残ります。2つか3つから始めてください。これがいちばん大事なことです。
② 定義を決めずに測る
「技術者数」ひとつでも、パートを入れるのか、兼務の方をどう数えるのか、いつ時点なのかで答えが変わります。分母・分子・時点を、最初に文書で固定してください。曖昧なまま始めると、翌年の数字と比べられません。比べられない数字は、ないのと同じです。
③ 完璧を待つ
「正確に測れる仕組みができてから」と待っているうちに、1年が過ぎます。粗くても、同じ測り方で取り続けたデータは、2年目から必ず意味を持ちます。完璧な指標より、続けられる指標です。
書いた数字は、求人票に出せます
ここまで、経審の話として書いてきました。もうひとつ、出しどころがあります。
可視化指針(改訂版)は、開示を読む相手として投資家だけでなく労働市場を挙げています。「就職活動を控えた学生や転職希望者、従業員等の労働市場におけるステークホルダーも、企業の人的資本投資に関心を持つ」——そう書かれています。
そして、効果の裏づけも示されています。指針は、エンゲージメントや育成方針の情報提供を行う企業は、新卒・中途ともに採用充足率が高いという調査に触れています。人に投資していることを書いて出すだけで、採用の歩留まりが変わる——ここは、上場・非上場を問わない話です。
上場企業は、これを有価証券報告書に書きます。中小の建設会社が書く先は、別にあります。
- 求人票と自社サイトの採用ページ——「1級施工管理技士◯名在籍」「受験費用は会社負担」「4週8閉所に向けて進めています」
- 経営計画書——金融機関が読みます
- 入札参加資格審査・経審——発注者が読みます
- 元請への提出書類——取引先が読みます
投資家はいませんが、読み手はちゃんといます。数えた数字の出しどころがある、というのが建設業のもうひとつの強みです。
まとめ——3本つづきで、ひと回りします
| 問い | 答えるもの | |
|---|---|---|
| 1本目 | 建設業には、どんな資格があるのか | 「何のため」で3つに分ける(労働安全衛生法/建設業法/経審とCCUS) |
| 2本目 | 誰に、何を取らせるのか | 社内の段階で4つに分ける(入社/職長/主任技術者/監理技術者) |
| 3本目(本記事) | 取らせた資格を、どう数えるのか | 4枚の表と、経審という物差し |
人的資本経営は、難しい言葉で語られがちです。けれども建設業では、やることははっきりしています。いま何人いて、3年後に何人要るか。その差を、毎年何人ずつ埋めるか。——それだけです。
そしてその数字は、もう毎年、経審で出しておられます。並べ替えて、目標を書き足すだけです。


当事務所にできること
- 技術者台帳の整備——経審の申請資料からの組み立て。様式のご提供と作成の指導
- As is–To be 表の作成——3年後に必要な人数の置き方から
- スキルマップの設計——レベルの行動基準を、貴社の言葉で書き起こします
- 資格取得支援制度の規程整備——受験費用の負担、合格報奨の設計。社会保険労務士としての仕事です
- 経審の評点への反映の見込み——人を増やすと点がどう動くかの試算
- 求人票・採用ページへの書き方——数えた数字の出しどころ
千葉県松戸市を中心に、東葛エリアの建設会社・工務店の皆様のお手伝いをしております。まずは技術者台帳の1枚から、ご一緒させてください。
参考にした資料
- 内閣官房・金融庁・経済産業省「人的資本可視化指針(改訂版)」(令和8年3月23日)
- 経済産業省「『人的資本可視化指針(改訂版)』の公表について」(令和8年3月23日)
- 経済産業省「人材版伊藤レポート」「人材版伊藤レポート2.0」
- 国土交通省「経営事項審査の審査基準の改正について」(総合評定値Pの算式、技術力Zの構成)
- 国土交通省関東地方整備局「経営事項審査の主な改正事項」(その他の審査項目〈社会性等〉の項目)
- 千葉県「経営規模等評価申請及び総合評定値請求に関する説明書」
- 国土交通省「よくある問合せ(技術者制度)」(主任技術者・監理技術者の配置と専任)
最終更新日:2026年10月19日 / 本記事は令和8年10月19日時点で公表されている資料にもとづいています。本文中の表の数値は、書き方をお示しするための例であり、特定の企業の実数ではありません。経営事項審査の審査項目と配点は改正で動きます。最新の取扱いは、申請先の手引と所管の窓口でご確認ください。
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